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声の交差点 (2) 倉敷考古館との出会い

 岡山県吉備郡真備町(現倉敷市真備町)の黒宮大塚古墳で採集した土器を、倉敷考古館へ持ち込んだのは中学2年生の時でした。

 この土器が、倉敷考古館、間壁先生との初めての出会いでした。

 これをきっかけに、今まで拾い集めた土器等を間壁先生に見ていただき、私に分かりやすく丁寧に、土器が何であるのか、いつの時代の物かを教えていただき、真備町にも古い時代から人々が生活していたことを知りました。

 考古館へ行くようになってからも、真備町を中心に土器を採集し、遺跡、古墳を発見しました。私の地図には赤い印が段々と増えていきました。

  また、考古館へたびたび行くようになると閉館までいることもあり、昼にはラーメンをごちそうになったこともあります。今考えれば、忙しい時によく私に対応してくれたものと思います。

 高校生の時だったか、間壁先生から、今は考古学のことだけではなく、世間一般のことも知っていなければいけない。と言われたことを思い出します。

 確かに、考古館では遺跡のこと、土器の話が中心でした。そんな自分のことを考えての言葉だったと思います。

 1977年3月、倉敷考古館による黒宮大塚古墳の発掘調査が実施され、私も発掘に参加しました。

 参加といっても初めてのことで何をしていいか分かりませんでした。

  私も掘らしてもらいましたが、土器を壊さないように掘るのが大変でした。ただ、最初に土器を発見した場所から、高坏などの沢山の土器が現れその下から石室が発見されました。今もその時のことをよく覚えています。

 また、倉敷考古館による発掘調査に何度か参加させてもらいました。学校が休みの時の参加なので、夏の暑い時期、冬の寒い時期になるのは当然でした。発掘ができることが楽しくて、苦にはなりませんでした。 間壁先生と初めてお会いして既に40年になります。

  間壁先生、これからも私の世間話しにお付き合いください。

総社市 小野益二


考古館より
 左の写真は黒宮大塚墳頂部出土品、小野氏が最初に持参したのは、写真中央 長頚壷の長い筒状口縁部。
 右2点の写真は、昨年末(2015年)小野氏が古い写真帳を入手、何かを聞きに来られたもの。
 吉備考古学会(1929−1956年)の古い関係者所蔵の写真で、写真原版はおそらく大本琢寿氏によるものだろう。
 中央の写真は学会総会、右端は岡山市兼基出土銅鐸(現岡山県博蔵)の出土現状復元写真か?人物は地元の黒田光男氏か?考古館での金蔵山古墳調査では黒田氏のご尽力は大きかった。
















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