(138) 石と黄金

グルジアの古都ムツヘタ(世界遺産)を見下ろす山上にある、ジワリ(十字架)修道院、創建は6世紀
アルメニア首都エレバンの近郊にあるズヴァルトノツ考古遺跡
7世紀中ごろ創建された円筒形の石造建造物。かつては高さ45mもあったとか。周辺には王宮あり。10世紀に地震で倒壊という。
 今回は、私的な旅行での話題で申し訳ないのだが、つい先般というか今年(2012年)の9月末、一週間ばかり仲間と訪れた国での話し。ただその国の博物館でのことなので、全く無縁でもないということで、ご容赦いただきたい。

 行った先はカスピ海と黒海にはさまれ、カフカス(コーカサス)地方とも呼ばれる地域の国、グルジアとアルメニアだった。共に西アジアの西端とも東ヨーロッパの東端ともされ、東西文化の交点ではあるが、それだけに古い歴史と共に、複雑な歴史を背負った国だったようだ。

 古くは紀元前5世紀頃には、既に現在のイランを中心に広域に君臨していた、アケメネス朝ペルシャに朝貢する地域でもあり、近く18〜19世紀ともなると、帝政ロシアやトルコなど、周辺の強国の間で、多くの興亡があった地域でもある。

 この地が、近年までソ連邦の一角であったことは、なお記憶に新しい方々も多いのでは・・・・そのソ連邦を率いたスターリンはグルジア出身である。・・・・しかし今のわが国では、スターリンよりも大相撲の力士にグルジア出身者で、幕内で活躍する力士がいることを思い出す人も多いのでは・・・最近引退した黒海や今活躍中の栃ノ心・臥牙丸など・・

 実のところ筆者も恥ずかしながら、この旅行に参加する話が出るまで、この国々の正確な地域などは知らない状況で、慌てて地図で確認するようなことだったのである。この一帯が、東西文明交流の一つの道であると共に、多民族・多宗教の交わる地という程度の知識であった。

 見学先のほとんどは、ユネスコによって世界遺産に登録された建造物や地域だったが、その多くが古いキリスト教会であり、現在もなお、多くの人々の信仰をあつめているものでもあった。

 初期のキリスト教が、ローマではまだ弾圧下にあった時期、その弾圧を逃れると共に、各地に、いわば辺境の地までに布教を伸ばし、また殉教した布教者の多かったことが、一方ではローマでキリスト教が国教になる以前から、この地に、キリスト教を根付かしていたようである。

 こうした地の各地に残る古い教会を含めた、カフカス(コーカサス)山脈一帯の美しい風物も、旅の主眼であった。そのためか古代遺跡とか、博物館関係の見学は僅か二ヶ所、私たちの他の旅行に比べ少ないものだったのである。

 その少ない博物館見学での話であるが、それはアルメニアの首都エレバンの近郊にあるズヴァルトノツ考古遺跡に付設された博物館と、グルジアの首都トビリシでの国立博物館でのことである。

 ズヴァルトノツ遺跡は右上の写真に示した遺跡であり、大きな柱頭飾りを持つ太い石柱が円形に巡る。かつては3層、高さ45mの堂々とした建造物であったという。建築家によると東西文化の混じる形態らしく、周辺には宮殿もあり、7世紀に建立されたが、10世紀末に地震で倒壊したという。

 ここの遺跡内にある博物館は、見学予定にも拘らず、地元ガイドさんは、「閉館してます」と言って連れても行かない・・・勝手に行ってみると、開館しているではないか!!・・引き返して、全員で入館したら、女性学芸員の人が説明してくれたが言葉はわからない。ガイドさんが通訳したが、外で聞いた説明とあまりかわりがない。

 多くのケースの中には、ササン朝ペルシャの遺物を思わす、陶器や陶片は多かったが、取り付きのケースには、どう見ても数千年前の新石器時代らしい土器の一群があった。それをガイドさん通訳で聞くと、関係ないものだとの返事。きっと外の建造物の時代とは関係ないということだろう。

 ・・・・ふと倉敷でも、考古館の外などで、団体客に似たような説明をしているガイドさんの多いのを思い出した。何処の国でも、ガイドさんは考古学などあまり気にも留めないもののようだ。

グルジアの首都トビリシにある国立博物館に展示の金製品の、ごく一部
 石造遺跡の下には、より以前の古い時代の生活跡も重なっていたのであろう。きっと石器などもある事だろうが、遺跡と関係ないので、何も展示されてないのかも・・・

 この国の山地では石器の材料となる黒曜石が産出される。この一帯の黒曜石は、古くは各地に運ばれ石器となり重要視されていたはず。しかし博物館展示物には、石器などは何一つ見られなかった。遺跡地の中では、整備のために地上に敷かれたバラスのなかにさえ、小石となった黒曜石の混ざる地域なのだが。

 グルジアの首都トビリシでは国立博物館を見学したが、驚いたことに、ここでは考古学関係展示のフロアーには、全てのケースに並ぶ物はなんと、金か銀製品。僅かに玉や他の金属製品があるのみ。優れた文化を持っていた地域だとは分かるが、土器・石器などは全くない。人々の生活はどのようなものだったのか・・・・博物館は、立派な物だけ見せる所ということか・・・フラッシュ無しなら、すべて撮影OKだった。

 左に並べた写真はそのごくごく一部の金製品。紀元前6〜7世紀から、もちろん紀元後幾世紀にも及ぶ物だが、個々についてはよくわからない。この博物館で図録か解説を購入と思ったが、自国語のものさえ一切なかった。

 これが今回旅行先での博物館の実態であった。

 トビリシはモダンアート並みの官庁建造物群や、大きな教会も数多くある大都市である。時は選挙中らしく、博物館のすぐ外の道では、10台以上は連なっていただろうか、同じような乗用車が、国旗を掲げ猛スピードで、窓から乗り出した人は、国旗を振り回し何か凄い大声で叫びながら、通り過ぎていった(右下の写真)。



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