(159) 倉敷でちょっと「マニアック」な楽しみを

(左2点)倉敷の土蔵作り建物の屋根 考古館2階窓より見る
(右2点)川越市内の「蔵の町」地域の屋根

 倉敷を訪れて下さる多くの人々が、何を思い、何を期待して来られているのか、それは、それぞれだろう。しかし今頃は、おそらくほとんどの方の目的は、古い町並みではなかろうか。

 倉敷考古館前での結婚写真の多さは、かなり以前に話題とした(8話)が、ますます多くなっているようだ。考古館近くで、大形の民家を利用していた讃岐うどん店が閉店した跡が、近く結婚式場に模様替えすると聞く。古い歴史ある建物を、自分たちの歴史の出発に繋ぐことの、格好良さを思う若者が、増えている証拠であろう。

 倉敷は古くから映画のロケ地であった事も、以前に触れたが(1754話)、相変わらずテレビドラマや、コマーシャルのロケは珍しくない。これも古い町並みが目的だろう。

 ・・・となるとこの倉敷の古い町並みを、いま少しマニアックに楽しめないものか・・・倉敷の宣伝文句には、必ず土蔵造り・白壁・なまこ壁の町、の言葉が並ぶ・・・・しかし古い民家には少々厳しい貴方だったら、この宣伝文句で納得?・・・・まだその気で見れば、各地方には、似たような家屋は、点在はしている・・・我が家の実家には、なまこ壁の倉は健在・・・という方も・・・

 先日たまたま埼玉県の川越を訪ねる機会があった。ここにも倉敷と同様、国の伝統的建物群保存地区がある。江戸時代以来の商業都市であったここでは、いまも「蔵の町」とよばれている地域である。

 ここが、ロケの多い地であることも、観光客の多さも、倉敷と同様だろう。ただ川越は城下町であり、城の御殿もあり、徳川幕府と関係深い寺もある。ただし明治26(1893)年に大火があり土蔵造り商家は、その後に復興建設された家々が主体である。

 ここに倉敷と川越の「くら」造りの家や町並みを、たまたま写していた写真で並べてみた。こうして見ると、いくら似た古い建物群とはいえ、両者の違いは大きい。これが各地の古い建物群の、それぞれの魅力でもあるだろう。

 両地域では、同じ土蔵造りと言いながら、川越では漆喰で塗り込められた壁は黒が主である。屋根棟の端には飛びぬけて大きな飾り瓦、寺院や城などでは大きな鬼瓦や、鴟尾の付く位置の瓦である。周辺の瓦の構造もなんと重厚な事。川越では民家の窓も、まさに火災に備えた分厚い土蔵造りの窓。これらも殆どが、明治大火以後、商家・豪家のいわば防火建築なのである。

 これに較べれば倉敷の家々は、同じ商家の土蔵造りでも、シンプルに見えるだろう。しかし江戸時代以来のものも多く、漆喰で塗り込めた壁は全て白く、壁の張り瓦は、実用も兼ねた装飾になっている。二階も背の低い中二階構造。民家の窓も木枠窓が多い。

(左2点は考古館に近接した町並。右は川越の蔵の町並み)

 しかし倉敷では、大火の記憶は伝えられていない。これは江戸時代以来、周辺民家の一帯が、早くから瓦葺屋根が多かった事を示しているのでは?・・・しかも民家にマニアックな方なら、倉敷の民家で、もっと宣伝しなければならない屋根のことをご承知のはず・・・家の大小に関わらず古い民家の屋根は、本葺瓦屋根だということを・・・・

 今頃多くの方は、古い瓦の葺かれた屋根は、全て「本葺」と思っておられるのでは?屋根瓦など特に意識されない方も多い昨今、古いと思われている瓦にも、本葺瓦(本瓦)と桟瓦があることの説明までに(すでに15話で両者に触れているが)、左にちょっと図を挙げた。

 本葺瓦は、わが国に始めて瓦葺建築が伝えられた時からの形で、葺き方は図の通り。今でも各地の寺院の屋根などには、見かけられるが、それとても決して多いとはいえない。

 桟瓦は、平瓦の一辺が山形に折れ曲がった物、軒先に並ぶ瓦一枚ごとに見れば、「へ」の字形に見えるの(右桟瓦)が普通である。現代の瓦葺屋根は、先ずこれである。時に「逆へ」形(左桟瓦)もある。
 昨年の2013年度までに、国の伝統的建物群指定を受けた地域は104件である。其の中で、茅や藁葺の建物群は珍しい物として目を引くが、これらは指定の家並み中、1割あまり。他にも1割あまりが、板葺きとか洋風建造物など、その他の建造物であるが、これ以外は瓦葺屋根群。しかもその9割方は桟瓦である。本瓦葺屋根群は茅葺屋根群程度しかないのである。

 倉敷の伝統的建物群の家々が、他地域と大きく違うのは、大小の建築に関わらず、そのほとんどが、古代寺院の屋根などと同様な、本瓦葺なのだ。岡山県内で、倉敷同様に国指定の伝統的建物群地区である、高梁市吹屋でも桟瓦であり、昨年(2012)度指定の、津山市城東でも、二階大屋根は桟瓦、一階庇のみ本葺である。先に写真を示した川越の重厚な屋根瓦は、みな桟瓦葺である。よく写真で見比べて欲しい。

 「なんで倉敷に本葺屋根が多いのか・・・? そこがマニアックへの入り口、たかが瓦、瓦礫の元といわずに・・・どうぞ・・」

 そうして倉敷の街中では、ちょっと上を向いて本葺屋根の美しさも感じて欲しい。ときに建物群中にも桟瓦葺もある。それらは基本的に大正や昭和の建造物である。そこには家々の歴史もある。

 江戸後期や明治の本瓦葺の家でも、塀だけには桟瓦を用いていることが多い。しかも右桟瓦のほかに左桟瓦があるのも、倉敷の特徴といえる。その違いは産地や、時代の違い、など、いろいろな情報を伝えてくれるのである。

考古館近くで、川沿いの民家の塀に見る桟瓦葺き・・葺き方に注意

 ここに示した塀の瓦、木戸の入口を境にして、桟瓦の向きが変わっている。変わり目の中心には本葺用の軒先平瓦を置き、その両側に配した向きの変わった桟瓦は、軒先の模様があるものと、無い物を交互に置いている。特注品などと思われる物ではない。むしろこれらの瓦は再利用品のようだ。無駄なく物を利用しながらも、瓦職人さんの粋な遊び心を見る思いもする。


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