(172) 琴を弾く小像

愛媛県松山市祝谷7号墳出土の小像群 右弾琴像拡大
 「琴を弾く男の方、よくぞ無事で、最初の住まいの中で頑張られました。今のところ、貴方がただ一人の筈。お会いできて本当に嬉しいです。」・・・「もちろんお仲間も発見されてますが、すでに住まいを忘却された方、中には琴だけ置いて、ご本人は行方の分からない方・・・みんな男性には違いないと思っています・・・・」

 左の写真の小像を目にした時、思わずこうした語りかけをしたくなった。この小像は愛媛県松山市祝谷所在の祝谷7号墳と呼ばれている、1400年以上も昔の6世紀後半頃の、横穴式石室古墳からの出土品である。だがこの古墳は床面の砂利敷きがやっと残っていただけの、破壊の激しい状況だったようだ。

 小像たちはこうした消滅するばかりの古墳という、悪条件の中で、かろうじて、その珍しい姿を残していたのである。この種の遺物で、特に弾琴像が残っていたのは、最初の独り言のように、出土地から離れてしまっていた天理参考館蔵品例(この「よもやまばなし」47話参照」)と、出土地は鳥取県倉吉市の野口1号墳と確かだが、この古墳では他の人物像などはかなり良く残っていたにも拘らず、琴弾人物は行方不明、彼から剥げ落ちた琴だけだったのだ。

 ここに見る小像が、発見されたのは昨年の2013年、松山市の埋蔵文化センターの調査である。未報告の写真も遺跡調査資料も、すべてその埋蔵文化財センターからの提供による。ご厚意を感謝すると共に、このホームページから写真の勝手な引用は、くれぐれもお控え下さるように。

 ところでここに見るような像は、大きくてもせいぜい10cm少々、多くはそれ以下の小さい姿がほとんどである。一見、決して美しいとか造詣がすぐれているとは言えまい。そのため四半世紀も以前には、こうした小像を付けた須恵器は、大変珍しい貴重品とされてはいても、個々の小像たちは、ただ風俗を映すものという程度の理解だったのだ。

 倉敷考古館蔵品には、こうした古墳時代の小像付の装飾須恵器は、1点だけである。この館蔵品にも関係して、装飾須恵器の小像たちが描いた世界を考えたことについては、『倉敷考古館研究集報 20号』1988年を参照していただきたい。

 こうした人物や動物の付いた装飾須恵器で、ほぼ古墳出土が正確な例は決して多くない。現在でも全国で150例あるかないか。面白い造形品なので、実は偽物の多いものでもある。特に琴を弾く人物像で、しかも出土地の明らかなものは、祝谷7号の例が初めてではなかろうか。もちろん小さい琴だけが残っていた、倉吉市の野口1号墳の場合も、弾琴像だったと信じているが。

 (本音を言うと、「よもやまばなし」47話で取り上げた天理参考館蔵品は、当館蔵品の鉢巻おじさんの付く須恵器・・46話で述べたように、この二つの装飾須恵器は、岡山県総社市の同じ古墳の出土ではないかと思っており、祝谷7号の琴弾さん出現で、やっと仲間が増えた思いだったのだ。)

 ところで、ここの琴弾き像のような小像を、初めから男性として扱ってきたが、決してあてずっぽうではない。顔の横には髪を長いミズラに結った表現がある。これは当時の男性の髪形である。埴輪で表現された男性はみんな髪を両耳の横で結っている。長短はあっても。

 この小像がもし埴輪像であったら、もっと注目されただろう。実はまったく同じ時代で古墳を飾る、埴輪人物像の中にも琴弾き像がある。こちらはしばしば埴輪の展示などでも注目される造形。全国で10体ばかりは知られているが、決して多いとは言えない。これらの人物は身分のある服装の男性。

 なぜ男性が琴を弾くのか不審に思われる方は、ぜひ先に紹介した47話をクリックしていただきたい。当時は琴を弾くのは神を呼ぶことのできる、その地域で最高の権威を持つ男性、神の声を告げるのは女性だったようだ。

 また須恵器に飾られた小さい像も、大きな埴輪像も、実は大変よく似た表現の造形群がある。これらは須恵器生産者と埴輪生産者の融合から生まれた、共通の思想を示す、葬送儀礼だったといえるのだ。これを象徴するような話が、『古事記』にも『日本書紀』にも語られている。それは国内で疫病が流行り多くの人命が失われ、背くものも多くなって手の施しようもなくなった時、土師系と須惠系の父母から生まれた者が神を祭ったことで、治まったということだった。

 今回の祝谷7号墳出土の小像群が、具体的にどの様な行動を示しているように思われるかは、報告を待ちたいが、生命復活を願い、琴を弾き神を呼び、『記紀』に語られる、天の岩戸の前で天照の復活を願い、踊り歌い囃したてたような、姿も連想される。

 埴輪人物群の中にも、東京国立博物館所蔵品で、栃木県真岡市鶏塚からは、琴を弾く男性埴輪とともに裸体の女性埴輪があり、人物埴輪の部分である男根も出土している。5年も前に話題とした46話47話を思い出しながら、この小像は、大きな埴輪の弾琴像と、なんら変わらないものとして、壊されてきた古墳の中で、1400年以上も、頑張ってきたように思もわれてならなかったのだ。


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