(24) 半世紀前のメキシコ美術展

半世紀前、倉敷三館で開催されたメキシコ美術展の入館券など
 岡山市立のデジタルミュージアムでは、今年(2008年)の1月11日から3月16日まで、インカ・マヤ・アステカ展が開催された。この展覧会は東京・神戸・岡山・福岡での開催であり、岡山会場のデジタルミュージアムは、JR岡山駅から歩道橋でつながる大変足場のよい場所にある。NHKのTV地方版では、ほぼ毎日スポットでこの展覧会が紹介されていることもあり、二ヶ月足らずの時、すでに6万人を超す入場者があったと聞く。

 この展覧会のタイトルでもある三つの文化のうち、アステカやマヤ文化の栄えた地の多くは、メキシコである。このメキシコの美術といえば、現代美術だけでなく、古代芸術を示す考古資料も重要な一角を占めるが、それらと共に民芸資料も加え、約1000点にのぼる展示品で、半世紀以上も前、倉敷でメキシコ美術展が開催されたのである。しかしその事を知る人は、今では幾人いるだろうか。

 1956年1月3日より29日までの、ほぼ一ヶ月間の会期だった。このときの展覧会も数都市の会場で行われ、それは東京国立博物館、大阪市美術館、倉敷の大原美術館などであった。地方で大きな展覧会を開催しうるところ、しかも他の公立の施設と肩を並べていたのが、私立の財団法人大原美術館だった時代である。博物館のような文化施設が、公私を問わずこの半世紀間に如何に増えたかを思うと、わが国も文化国家になったということなのだろう。

 ただ倉敷会場では、美術・考古・民芸と特色を持つ三館を使用して、この当時としては大掛かりな特別展を、開催したのである。基本業務は、すべて大原美術館で行なってもらったのだが、地方におけるこうした合同の展示は、当時としても注目された。

 今回の岡山での特別展に比較して、時期は全く同様の冬1月で、期間は1ヶ月間に過ぎない。入館料はもちろん三館共通で、一般200円、学生150円、学生団体120円、入館者数(有料のみ)は8,655人。この頃の大学出公務員の初任給が、8,000円ばかりだったと思う時代である。ちなみに現在のインカ・マヤ・アステカ展は、一般1200円である。

 上に示したデータから、当時のこうした展覧会に対しての関心を、高いと見るか低いと見るかは夫々であろう。ただ読売新聞社が主体となっていたこの展覧会が、当地方で大掛かりな宣伝があったとは思えず、倉敷が特に足場が良いわけでもない。だがこれだけ入館者を集めたと言う事は、すでに大原美術館の存在で、倉敷が博物館の町、文化の町として注目されていたからと思う。長い期間を通じ、博物館見学に訪れた目の高い人々によって、倉敷の町並みのよさも注目されて来たのである。


メキシコ美術展の案内
 今回は、ともかく半世紀前の、手元に残るメキシコ展の入館券や案内ハガキなどを紹介するのが目的だったが、今ではこの倉敷を博物館の町と思う人がどれほどいるのか、考古館のあることなど知らない人がほとんどのようだ。倉敷考古館にも、インカ帝国以前の古代ペルーの資料が、数十点は常時展示されている事を、どれほどの人が知っているだろうか・・・半世紀経って、こうした思いは強い



昭和30(1955)年12月26〜31日 (月〜土)
 メキシコ展準備のため、この間、館は閉館しましたが、定休日の月曜・年末休日も含め、全て出勤、大変な忙しさでした。

昭和31(1956)年1月2日(月)晴
 メキシコ展の準備のため、一同出勤いたしました。大原社長・倉敷の高橋市長・美術館の藤田氏・民芸館外村館長など多くの方が来られました。

1月22日(日)晴
 今日はさすが日曜日で、メキシコ展始まって以来最高の入館者でした。総数1006人です。

(この当時はまだ考古館は、江戸時代以来の倉一棟だけの時代だったので、一日に千人が出入りしたら相当の混雑だったと思う。)


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