(41) 倉敷河畔壁新聞

倉敷川河畔に貼られた壁新聞
 通勤途上、左の写真の貼り紙を見た時、「ああ・・壁新聞」とつい思った。このような言葉を思い出す者や、理解できる者は、「後期」が付く付かないは別としても「高齢者」の証明?・・・壁新聞という言葉など今では死語になっているのでは・・・この貼り紙があったのは、倉敷考古館の数軒西隣で、同じ倉敷川河畔沿いの個人住宅の窓枠上である。観光客にも一番目に付き易いところである。

 実はこの貼り紙、右端のものは、一週間以上も前から貼られていた。内容は写真拡大で見て頂くと分かるように、周辺に常駐しているといっても過言でない、いささか問題人物にたいして、市の観光課なども加わって作られた、注意をうながす警告チラシのことを報じた新聞記事である。

 周知されているように、倉敷考古館のある倉敷川河畔いったいは、伝統的建造物群として国の選定をうけて久しい。そこで生活し、商売をする人達も、家々の外観やその他の規制で、不自由や意に沿わぬことがあっても、ともかくもみんなで、この伝統的な町並みを守るということで、努力を重ねているのが事実である。

 この町では、看板や、広告方法一つにも気を配っており、外部へ向いては、ポスターを張るのも、のぼりを立てるのも、チラシ一つ張ることさえ、心ある住人の方々は、自己規制しているというのも実情である。考古館も常にこうした点には気を配り、時には憎まれ役の口出しもして来た。

 ところが、考古館でもかなり逡巡しながら、館の東壁、貼り瓦の美しさでは周辺一の写真スポットとなっている「なまこ壁」の下の小窓の外へ、この注意人物チラシを取り付けているのである。右下の写真のように・・・・・かなりの人が立ち止まって読んで頂いているのが、小窓の中から窺える。

 というのも、せっかく倉敷を訪れてくださった観光客の方が、思わぬ不愉快な思いをするのでは、いくら景観に気を配っても、台無しという思いのほうが強かったのである。

 観光地にはいろいろな人物がつきまとうことは普通の現象で、それも観光地の風物といえばそれまでだが、話題の人物は、連日というのが、決して大げさでない状況で、考古館横の路上で、通行する観光客を待ち受け、引き止めては大声で説明を始め、強引に他所へ案内するのを繰り返しているからであった。あげくには、金銭を要求し食事をたかっているとも聞く。僅かな金額ではあったが、金銭を要求しているのを、確かに見聞きしてもいる。

 そのチラシは、かなり以前からあちこちの個人宅で、先の人物を迷惑に感じているところでは張られていた。ところが今回最初に写真を示したお宅は、ご不在のことがほとんどのようである。このチラシ製作を報じた記事の貼付が、その家の方の意思によるかどうかよく分からない。

 近所の方で、店にこの記事をコピーして来客に見てもらうため、余部を置いていた人が、コピーがなくなったと思ったら、くだんの家の窓枠に貼られたようだ。その家の方は留守なのでどうしたものか、とのことだった。結局誰が貼ったのか分からない。

 ところで最初のコピーが貼られてから、一週間ばかりも経ってからだっただろうか、貼り紙の増えているのに気付いたのは。今度の内容は伝建地区の指定物件に含まれている河畔の雁木が、2月に壊されて、現在までもなお尾を引いている事件や、イベントで、これも国指定建造物の大原家住宅の壁が変色した事件を報じた新聞記事が、貼り加えられていたのである。この状況を見て、「壁新聞」を思い出したのである。

考古館の壁にぶら下げた
注意喚起のチラシ
 壁新聞といえば一般的には学校や職場で、ニュースや伝達事項が書かれ、壁に張り出されたものを指すようだが、「高齢者」が思い出すのは、かつての中国で、毛沢東思想の下、さまざまなことに意見を述べ、告発する手段に用いられたもの、しかも政治的に利用されたという印象である。

 倉敷河畔の壁新聞は、伝建地区への認識不足への警告として、これを貼った人の意図は十分理解できる。だが、もしも個人宅に断りも無く貼っているのなら、やはり問題だと思う。こんなことが勝手にエスカレートすると、野外広告などの自粛も失われるだろう。

 とはいえ、明日の日にもこの壁新聞、剥がされているかもしれない。ともかくも、これもこの地域の生んだ風物詩かと、カメラに収めたのである。

 ところで一方では、今も毎日、我こそはこの辺りのことを、一番良く知る者だというように、注意のチラシの横ででも、大きな顔で大声で説明し、堂々と客引きをしている人物には、どんな壁新聞の告発も通用しないようだ。

 !!皆さんくれぐれもご注意を!!


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