(47) 鉢巻おじさんの不思議な仲間―その2、琴の音につれて


天理参考館蔵
    装飾須恵器部分
(上)琴を弾く人物と聞く人
(下)琴弾の向こうに立つ棒状品と、足を開いて座る女性
 近年一般の家庭から、琴の音が流れるのを聞くことは無いようだ。それでも正月には、テレビ・ラジオから筝曲が流れることもあり、こうした琴の音を聞くと、年が改まったという、普段には無い情感がそこに漂う気もする。しかし琴の音にこうした感懐を持つことも、もはや一般的でない時代かもしれない。ただ琴の音の向こうに、美しい和服姿の女性を想い描く人はまだ多いかも知れないが。

 ところで、1400年ばかり昔の琴の音は、当時の人に何を感じさせていたのだろうか。古墳時代も後半のことだが、古墳に飾られた人物埴輪の中で、琴を弾く姿のほとんどは男性なのである。琴の音に美女を連想する世界では無かっただろう。琴の形も大変単純なものである。

 埴輪人物が持つ琴は、膝の上にのる程度の一枚の板状品で、四か五本の絃を張った表現がされている。遺跡からの出土品でも、弥生時代いらい一枚の板で、一端に絃を掛ける凹凸を作り出したものである。埴輪には琴自体だけもあり、遺跡出土品にも、共に板の下に、反響箱的なものを取り付けているものもあるが、多いものではない。

 琴にこだわるのは、先回この欄で取り上げた、館蔵品の鉢巻姿の付く装飾須恵器と兄弟の可能性があった、天理参考館蔵品の装飾須恵器上の人物の一人が、五絃の琴を弾いている(左上写真)ためである。

 同時期頃と考えられる、埴輪の弾琴人物も、著名なものは5体ばかりで、決して多いものではなく、装飾須恵器上の弾琴人物は、この天理の資料が唯一のものである。ただ鳥取県倉吉市野口一号墳出土で、装飾須恵器上での接合部分は不明だが、一点の板状琴が出土しており、この装飾須恵器の上にも、相撲をとる者、狩猟する者と共に、琴を弾いていた人物がいたと見られる。

 『古事記』や『風土記』の中でも琴が出て来るが、出雲神話(記)の中で、アシハラシコヲ(オオクニヌシ)がスサノヲから、娘のスセリヒメと太刀・弓矢と共に「天詔琴」を奪って逃げるときに、琴が鳴ってスサノヲが知る話がある。
 同じく『記』の中で、仲哀天皇が琴を弾いて神功皇后を通じ神の声を聞くが、そのお告げを信じず、もう一度琴を弾くようにと促され、いい加減に弾いたら、途中で天皇は崩じた、とある。

 『風土記』では常陸国行方郡の記事に、中央から地元の反抗者を平定に来た者が、琴や笛で七日間、昼夜舞歌い遊んで、反抗者を騙まし討ちにする、というような記述がある。

 いずれも記・紀などが成立する頃には、琴の音や、琴を含む音楽が特別な力を持つと考えられていたことであろう。これは人物埴輪や装飾須恵器のある、古墳時代後期に近い時期、琴は地域や集団内で、最高の権威あるものが奏で、神の意思を伝える手段だった事の反映ではなかろうか。

考古館蔵装飾須恵器に付く、抱擁する男女図
 実は考古館の鉢巻おじさんの立つ部分の後に、破損して本体から分離していたが、男女二人が抱擁したような姿の小像2体が配置されていたようだ。写真では分かりにくいので、図で示した(左下図)。鉢巻おじさんと抱き合う二人では少々唐突に思えたが、もし仲間の須恵器があり、そこで天の告げを伝える琴を伴奏とし、共に表現された多くの人物をも一体として考えると、当時の人の物語ろうとしたことも見えてくるようである。

 小像を付ける装飾須恵器の手本になった新羅での陶器の中には、性行為を露に表現するものもあり、生命復活とか子孫繁栄願望の表現と考えられている。鉢巻の人に守られた葬送儀式の中で、抱擁する二人は、天の告げに従った生命復活の行為だったかもしれない。

 あるいは自分たちの祖先は、他国から訪れた優れた者の子孫、ということの表現かも・・・・・実は琴を弾く人物の向こうには、不思議な棒状品が立ち、横には頭に飾りを付けたと見られる人物が両足を広げて座り、女性シンボルを露呈しているのである(左写真下)。

 こうした情景は、記・紀神話の中で語られる、天孫がこの国に下るとき、道を塞ぐ長い鼻の人物サルタヒコに対し、天孫の先頭にたったアメノウズメが、乳や女性性器を露呈して対峙する姿を彷彿とさす。後世の神話の原形はこうした中に有ったのでは・・・・

 ・・・正月早々、小像達の描いた情景、すべてが初夢だったとは思いたくない。


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