(61) 「また火事だ!!」・・焼けた蔵の今昔・・

(上)黒煙を上げた旧倉敷町役場の裏手
   2009・7・5の午後1時半過ぎ
(下)庭木の向こうに屋根まで焼け抜けた
   蔵が僅かに見える
 最近まで考古館界隈の火事は、ほとんど記憶に無い。この半世紀の間・・のになぜまた火事なのだ?・・・この答えは、すぐには出そうにないようだが・・ともかく火事だ。

 以前この「よもやまばなし」(54)で取り上げた火事は2月21日の昼火事だったが、これはボヤ程度の事。それでも大変珍しいことだった。ところがこの7月5日の昼間にまた火事だった。今度は倉敷川河畔の中心部分の一角で、古い蔵が一棟全焼したのである。考古館の川向こう真ん前であり、館からは距離にして50m有る無しであろうか、市の観光施設倉敷館の倉庫となっていた蔵である。

 蔵としては小振りで建坪は24uばかり。観光施設の建物も、周辺の倉敷民芸館も、加計美術館も密着と言えるくらい近接していたが、蔵の屋根が抜け落ちるまで内部は全焼していたのに、周辺の建物は類焼を免れた。さすが土壁の厚い古い蔵であった。しかし周辺の両博物館施設では、水害により資料などが大変だったようだ。

 当館の前から火災を写真に収めたのが、左上の写真である。まだ消防車が到着前だったが、気付いたときはこの状況だった。蔵の屋根が焼け落ちた無残な姿の下の写真は、後日の撮影である。焼けた屋根周辺の、白壁瓦屋根建物は民藝館である。

 焼けた蔵は、今まで多くの観光客だけでなく、地元の人にも記憶に薄いものであろう。市の観光施設の付属で、周辺は植え込みと板塀で囲まれ、外形の見ずらい状況だった。火事のことは事件として、その後も原因など注目されてはいたが、焼けた小さい蔵自体は、ただ倉庫ということで、注目されていないようだ。この蔵は、周辺の建物に負けないどころか、それ以上に、この地域の伝統的建物群の歴史を担っていたというのに。

 蔵が付属していた市の観光案内所の木造洋風建物は、1917(大正6)年に竣工した、かつての倉敷町役場だったことは、周辺では周知のこと。しかしその前には、幕末頃の絵図によると、倉敷では地主・豪商の一軒として知られ、村役人なども務めた児島屋植田家の屋敷地である。その屋敷地は村の会所になり、村役場、町役場として長く使用されていた。その地に新築された町役場(現倉敷館)の敷地に、植田家の古い蔵が倉庫として残されていたものと思われる。

 ところで今から80年以上も前の、1927(昭和2)年、倉敷が市制をしく前年だが、この頃もまさに現代と同様に大不況時代。現代の対策は、一律に「定額給付金」というのが政府の策だったが、80年昔には、国は「公益質屋法」を制定、各市町村が運営する「質屋」が各地に作られた。低所得層対象の非営利金融機関ということだろう。

 倉敷町も早速に、この質屋を同年の7月5日には前神町で開業した、と当時の新聞『山陽新報』が報じている。前神町は町役場の所在地なので、その一角に開設されたと見てよい。この公益質屋は、大戦後も続いており、考古館開館後も、かつての町役場の建物裏続きに、質屋に使用されている建物があり、焼けた蔵は、その質草を入れていた所だったのである。

 終戦後は激しいインフレの重圧、日々の生活に万人が喘いだ時期である。この質屋がどれほど利用されていたものか。考古館開館より1年前の昭和24(1949)年の倉敷市勢要覧によると、貸付は年間3708口、利子月3分で、1口1000円以内ということだ。質草は衣類が一番多かったようだ。当時の一般的な質屋では、月1割利子が常識。その頃高校卒で、郵便局に就職した人が、初任給3009円だったといっていた記憶がある。

 1953〜4年頃、考古館にいつも立ち寄っていた新聞記者さん、年末の風景として、公益質屋の質草の写真を撮っていた。その頃もまだ、年末には日常使用の鍋釜類までが、蔵に入っていたと聞いている。

 公益質屋が倉敷に何時まであったかは、よく分からなかったが、前の建物が観光案内所になった1970年頃までだったようである。焼けた蔵には、江戸時代豪商の家の財だけでなく、昭和の動乱期を生きた庶民の喜怒哀楽も詰められていた。そのことを知る人は、今の関係者には一人もいないようだ。

 火事を取材に来た現在の若い新聞記者さん、現場周辺の人物が、どのような反応を示したかばかりを気にしていたようで、蔵のことなど、全く眼中にないようだった。伝統的建物群中の火事だというのに。もちろん昔自分たちの先輩達が、あの蔵の中で質草を取材していたなど、夢にも思わなかっただろう。
 
 ここで使用した、古い『市勢要覧』や『山陽新報』の記事など、倉敷市総務課歴史資料整理室でお世話になったおかげで分かった。日々目新しい事を追う現代、つい近年の事でも忘却していて当たり前という社会。歴史資料保存の大切さまで忘れないで欲しい。


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