(67) 看板

2009年9月のある日 考古館前より写す 上下の写真中で、人と橋を除いて、どこが異なるか
 左の2枚の写真は、倉敷考古館入り口のすぐ近くから、同じ場所をほぼ同じ方向から、写したものである。人通りの様子は違うが、ほとんど時期の隔たらぬ時である。よくある二つの絵の違い探しではないが、この両者の違い、お気付きだろうか?

 地元の人にとっては、見慣れた風景は余り気にせずに行過ぎるため、案外変化に気付かないものだろう。

 中央の家の二階の前をご注目・・・・下の写真には何か無くなっているだろう。上の写真には、屋根に妙な小さい家形品が、二個のっている・・・・これはこの家の店の看板である。

 この店がみやげ物店として開店したのは、新幹線が岡山まで開通した1972(昭和47)年前後頃だろうか。その頃を境に倉敷は急速に観光客が増加して、みやげ物店も急速に増加した。この看板も開店の頃つけられたものだった。

 この筋の家々は中二階風の低い二階造りで、棟には多少の高低差があり、窓や壁も互いに出入りを示し、それぞれ特性を持ちながらも、似た造りの家々の連なりである。その軒先はシンプルな同じ角度で、倉敷河畔に向かう、この一連のハーモニーを持った屋根の連なりは、倉敷河畔の中でも、特性を示す美しいものと思っていた。ところがあの看板で、それが断ち切られたと言うのが、いつも眺めていたものの感懐であった。

 この一帯が、伝統的建造物群地域に指定されて以来、この地域では看板を上げるにも、幟を立てるにも、行政側も個人側も、あたりの良さを損なわぬ努力を重ねてきたのである・・・・最近ではこうした自己規制感覚も、少なくなったような気はするが・・・

 しかし強制力のあることでなく、個人感覚の相違と言う事もあってか、この看板は、幾十年かそのままであった。

 今回この看板は老朽化で、下ろされたと聞く。しかし再び揚げないためには、行政側の努力もあったようだ。今この河畔の家並みの、二階の連なりを斜め横より見て、改めてこのように気取らぬ美しさだったかと思う。

 皆さんにはどのように、看板は目に映っていたのか、久しぶりに倉敷を訪れた人が、「倉敷も変わってしまった。」とよくいわれるが、生きた人間が住まうところとしては、よく残っているのではなかろうか。もう一度、よく見ていただきたい・・・・・・考古館は変わってなさ過ぎる、と言われるかもしれないが・・・・


トップページへ戻る  よもやまばなし目次へ戻る


〒710-0046 倉敷市中央1-3-13 Tel.(086)422-1542 公益財団法人 倉敷考古館