(63) におい - よもやまばなし

(63) におい
2009/9/1

 先の7月末近い日だった。朝考古館に出勤すると、正面周辺がなぜか生臭い。我慢できない臭気ではないが、やはり魚か何かの腐敗臭に近い。周辺はいつも通り、きれいに掃除され、塵も見えない道路だけである。もしやと思い前の川を覗くが、これもいつも通り。数年前だったと思うが、前の川で、大形の鯉ばかりが鯉ヘルペスで、大量に死んだことがある。その時もこのような臭気はなかった。

考古館に展示する南米ペルー古代土器の浮彫文様
ピューマの拓本

 まさか考古館内からではなかろうと思いながらも、館に入るまでは気になった・・・・・大丈夫、館内からは一切においはしない。やはり入り口近くの路上からにおってくるようだった。よく見ると僅かに茶色の染みが見える。犯人はどうもその辺りらしい。ホースを持ち出しともかくきれいな路上だが水を流し洗うようにする。それで臭気はだいぶ収まり、そのうち気にならなくなった。

 この魚の腐敗臭のようなにおいに、少々敏感になるのにはわけがある。一体何時のことだったか、あまり前のことではなかったと、ちょっとまた日記を繰ってみると、2002年・平成14年の8月のことだった。それでも7年も昔のことである。

 その頃、朝考古館に来て見ると、小石敷きの狭い中庭に、毎日というくらい猫が糞をしている。わざわざ塀を乗り越えて、考古館の中庭を便所にするとは、と腹を立てていたある日、裏のこれも狭い細道程度の空間から、先日の臭いに近い魚の腐敗臭がしてきた。何事かと思っていってみると、大きな魚の頭や、背骨などが散乱している。猛暑の盛り、これがにおいの原因だった。

 誰がこんな悪戯を、と思ったとたんに、物陰から『に~に~・・』子猫である。それもかなり大きくなって、移動に親の口を借らなくてよいくらいの大きさ。しかも3~4匹はいそうである。よく見ると親猫まで隠れている。

 野良猫がかなり大きくなった子猫連れて、考古館の裏木戸を越して来ていたらしい。近所から大きな魚の頭なども持ち込んで、安心して食事出来る所だったようだ。ついでに便所までとは・・・

 ともかく出て行ってもらわねば、と木戸方向に追うたのだが、なんと逆方向に子猫が逃げ出して、とうとう1匹、書庫代わりになってしまって人間の動きもままならぬような部屋に飛び込んでしまった。全身真っ黒の子猫だった。

 他の親子猫は、館員の手に噛み付いたりはしながらも、やっとの思いで出て行ってくれたが、何処に隠れたか分からぬ黒子猫は、ついに姿を見せず、仕方なく部屋に閉じ込めたまま、館は閉館せざるを得なかった。

 翌朝、また親子ずれ猫がやってきていた。出来ることなら部屋に逃げ込んだ子猫を連れて帰ってくれないかと、戸をあけて様子を見たが、部屋の子猫は一向に現れぬ。仕方が無い、これ以上他の猫に入り込まれると大変なので、親子さんにはお帰りを願う。

 部屋に篭城した子猫には、食べ物や水などやってみても、時に顔を覗けても、決して寄り付かない。飲み食いも一切しない。ただ時々かなり大声で鳴いているが、その部屋に入ると、何処に隠れるのかコソとも音もしない。本棚の下を掃除しても、全く気配なし。

 3日目も、4日目も時々鳴きながら顔は出すが、こちらが全く覗かなくとも、逃げだすこともしないし、相変わらずの飲まず食わずの篭城。こちらまで、精神的に全く疲れる話。

 まるまる6日目の午後やっと中庭に出てきた。二度と部屋に入られたら、一大事と、あちこち戸を閉める。冷房も無いところで、8月、連日35度という部屋でのこと。

 その夜の内に、黒子猫は、自分の力で塀を登って逃げたようだった。6日間全くの飲まず食わずだった筈である。あれだけ人間の前では姿を見せぬ子猫だが、開けて帰るわけにいかない部屋の中で、夜の間には、閉めた戸の端を激しく引っかいた痕が今も残る。子猫の態度に振り回され草臥れた1週間だったが、生き物の生命力の強さには、感服した事件だった。

 そうして事の起こりの「におい」には、その後、こちらは敏感になっていた。

 子猫の写真は無いが、痩せて耳と目ばかりが印象にのこっている。今回示した写真は、考古館に展示する南米ペルーの古代土器に浮き彫された、ピューマの拓本だが、その姿をイメージとしてちょと代用した。家で家族並みにチャホヤされた猫なら、7歳くらいといえば、最も働き盛りという年令だろうが、あの黒猫その後どうなっていることか。

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