(119) 今橋の竜 - よもやまばなし

(119) 今橋の竜
2012/1/1

 「倉敷で竜が20匹集まっている所はどーこだ?」・・「竜って何匹と数えるのかね?・・」「よそ事を言わない!・・竜の数え方が、匹か頭かなどは知らないが、倉敷の住人でその竜のいどころを知らなかったら、少々恥ずかしいのでは・・・・」

(上)今橋に彫刻された竜の一部 四神
(東・青竜、南・朱雀、西・白虎、北・玄武)を真似て着色

 ということで辰年にちなんで、倉敷では著名人・・・「人」ではないだろう!!・・の4体・・・・こんどは「体」、本当の単位は何だ?・・・にお出ましいただいた。・・・正月だから少々おめかしで色付きだが、普段のままのほうが良いのでは・・・

 ご承知のとおり、大原美術館前に架かる今橋の、立派な花崗岩の欄干には、5画に区切られたそれぞれの表裏に、1体ずつの竜が彫られている。全てで20体である。川側の外面には半肉彫り、道側の内面は線彫りで、両面は同じデザイン。中央に正面観、左右は中央にそれぞれ向いた側面観の竜群である。

大正十五年五月架之

設計 児島虎次郎

工事 藤木正一

今橋橋げたの刻字

倉敷川の大原美術館前に架かる今橋。欄干外面彫刻は半肉彫りの竜

 上の写真はその一部、もちろん実物には色は付いてない。これを知る方なら、この竜のデザインが、大原美術館の泰西名画を収集した児島虎次郎画伯によることも、周知のことと思う。しかし橋の端近い外面の橋げた部分に、左の写真のように架橋の日付けと共に、「設計 児島虎次郎「工事 藤木正一 と極めて小さく刻まれていることを、知る人は少ないだろう。

 ましてその文字が、泰西名画収集のオーナーである、大原孫三郎氏の字であることは、あまり知られてないと思う。この文字を無理して見ようと、橋の外側に出ると、川に落ちる危険が大きいので、あまり宣伝しないほうがいいのかも・・・

 また「この竜の爪、幾本あるか知ってますか」と、この竜の由来を知る人々に尋ねたら、どのような答えが返るだろうか。かくいう私も通勤でこの橋の往来人、改めて竜の爪の数は数えていなかった。ただ5本だろうと、勝手に決めていたと思う。確かに5爪である。

 中国では竜は尊重されている。しかも5爪の竜は皇帝の象徴だという。4爪は貴族、3爪は士族、2爪は臣民、1爪は卑民という考えも有るようだ。そうした身分差の思想が何時頃のもので、いま残る竜の姿がそのようなランク付けに適合しているかどうかは、全く知らないが、かつての中国の皇帝の御苑だった、北京の北海公園の九竜壁の竜は5爪という。

中国・大同市にある明代(14世紀末)の九竜壁

 たまたまかつて中国の大同市を訪れた時、観光スポットとしてよく知られる、その地の九竜壁を訪れていた。左の写真はそのとき撮っていたものの一部である。

 この九竜壁は、明の太祖朱元璋の息子の屋敷大門外の障壁で、1392年に五色の釉薬瓦で造られたという。現在は場所を移転している。ここに示したのはその内の2匹だけだが、他の竜をよく見ても、すべてが4爪のように見える。

 この頃の竜の爪数にどのような意味があったのかは知らないが、ともかく、さすが中国の竜、と思うあでやかな竜であった。わが国では、あまり竜の爪数による身分差などは気にしてないようだが、3爪の竜なども描かれているようだ。

 今橋の竜は、すべて5爪。この今橋が、江戸時代以来の橋から、現在のりっぱな橋に架け替えられた動機が、先の昭和天皇が、まだ摂政であった時、倉敷へ来られる機会がありこの橋を渡られることになったことだった。これも周知されている。

 デザイン担当の児島虎次郎氏は、中国をも訪れており、中国の竜も熟知していたであろう。ただ摂政宮が渡る橋ということから、帝王を象徴する5爪の竜を描いたのか、それともめでたい獣とされる竜の、力強さの表現として5爪の踏ん張った足を表現したのか、私どもには分からない。

 いずれにしても今ではこの橋を、倉敷市民はもとより、倉敷を訪れる人々を含め、年間数百万人は渡っているはずである。5爪の竜も帝王の為だけではなかった。橋の架けられた大正15(1926)年から、90年近い歳月の間には、硬い花崗岩に彫られた、道に面した線刻の竜の中には、人々と接した摩擦で、5爪が薄くなっているものさえある。

 この橋を急遽架け替えるに際しては、予算オーバーの多額な費用は、大原孫三郎氏の負担によっている。しかしそのことは橋の何処にも刻まれてはいない。本当の竜王はたやすく姿は現さないものかも・・・孫三郎氏は辰年だったという。

 古来、竜宮城などの話があるように、竜は海王であり、天空の風雨も司るとされてきた。昨年の日本列島周辺の大津波も豪雨も、度を外れた竜王の暴れか。今年は今橋の竜のように、何時も変わらぬ姿で、万人を支えて欲しいものと、心から祈らずにはいられない。

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