(143) 二重の文字は何のため? - よもやまばなし

(143) 二重の文字は何のため?
2013/2/1

 いささか旧聞だが、昨年末に、恒例ともいえる、新聞紙上にその年注目された、考古学上の発見やら調査をまとめた記事があった。それを読んでいた時、思い出したことである。それは考古館に展示する資料にも関係することだったので、やはりちょっと話題にすべきだったな、ということだ。

富比賣墓地買地券2面の拓本と、それぞれの実測図

文面は「備中国下道郡八田郷 戸主矢田部石安 口白髪部毘登富比賣之墓地以 天平寶字七年々次癸卯十月十六日 八田郷長矢田部益足之買地券文」(毘の字は本文では田が偏となる)

  昨年(2012年)度の考古学ニュースの一つに、10月5日の新聞紙上で、33年も前に奈良市で発見されていた『古事記』の編者、太安萬侶の銅板墓誌に、刻字されていた文字と並んで、毛筆で同文の文字が書かれていたことが、取り上げられていた。それは近年しばしばおこなわれるようになっている3次元計測で、墓誌を改めて計測したことによる新発見と言うことであった。

  当時の新聞紙上には、専門家は「想定外の発見」とし、この状況を、下書きか、とか、買地券と墓誌が一体化したのか、とか、埋葬の際、縁者が書き加えたのか、とか様々な意見がのべられ、「墓誌を含む金石文の再調査が必要」というような記事が見られたのであった。

  実はこの記事が報ぜられる1~2日前だったか、当考古館に某新聞社から、少々妙な電話があったのである。すでにこの「よもやまばなし」では幾度か取り上げたこと(108話、109話など)があり、考古館の主要な展示品としても紹介し、考古館での研究・調査報告書『考古館研究集 第15号』(1980年)でも詳しく報告している、「富比売墓地買地券」のことについての聞き合わせであった。

  考古館に買地券があるのか、とかそれはどのような物か、ということのようだが、何が聞きたいのか、何のための電話か全く言わない。詳細は先に示した当館報告を見ていただきたい、と言うことで、記者の近くで、その本が見られるところを案内した。何だか新しく買地券風のものでも発見されたのか、と思わすものだが、記者の方は何も言わないし、聞くことははっきりしないし、というようなことでの応対だったのである。

  翌日か翌々日か、かなり大々的に、太安萬侶墓誌の文字発見が報ぜられ、「ああ これだったのか」と思い当たった。ただその時の新聞紙上で見る限りでは、きわめて注目すべき、新発見と言うことで、墓地買地券などにも言及し、すべて再検討しなければ、ということだけであった。

  しかし個々の文字の検討がかなり詳しく知られている、当館に展示する「富比売墓地買地券」には言及していなかった。 二重の文字が問題になっている時、富比売買地券は、2枚同文の物があること、しかもその中の1枚には、同じ文字が併記されているところがある点、また2枚の焼き物で作った同文買地券ではあったが、互いに文字配列は違い、一方だけに1字文字が多く、それを消そうとした痕跡があった点など、報告では詳しく述べているのだが、全く問題になっていない。

  考古館まで電話してきた記者さん、全く面識の無い人だったが、もう少し要領良く聞いておれば、わが国の数少ない墓誌や買地券の中に、文字を併記したものがあり、太安万侶の事例との比較にもなったのに・・・・記者にとってはニュースが漏れるのを恐れ、詳しいことを何も言わなかった結果か、買地券は関係ないと思ったのか・・・

  ともかく私どもは、富比売買地券を再検討していたことで、太安萬侶墓誌のような銅版製の場合も、ああやっぱり下書きや訂正などするのだな・・・という理解ですごしていた。

  昨年末、改めて一年の話題として取り上げられているのを見て、30余年前、実は太安萬侶墓が、発見されたことなども契機となって、以前から検討を重ねていた「富比売墓地買地券」の報告を、思い立ったことも思い出したのだった。

  30余年前の当館の報告など、誰も思い出さないのもまた道理。この「よもやまばなし」で幾度も取り上げ、その他の雑文や概説書でも、かなり「富比売」さんには登場いただいているのだが。富比売が市民権を得た事情は、既に忘れられているのだろう。

  今まで富比売を話題にした時も、買地券の全文などは載さなかった。このようなところには煩わしいものと思ったからである。だが私たちは一字ずつ細かく検討し江戸時代以来の関係文献を、少々しつこいまで比較した上で、それまで偽物として見返られなかったこの買地券が、正当に評価される努力をしたのだった。

 今回は、その基本となった、買地券二つの拓本とその判読部分を示した。小さいために解りづらいが、これから何が読み取れるか。この中に、文字の併記された所や、2面の間で1字だけ違う部分もある。

  もしこのようなものに興味がある方は、互いの違い探しくらいの意味で見ていただければ幸い。いま少し実物に興味のある方は、『考古館研究集報 第15号』はまだ在庫有り、購入頂ければ感謝(送料ともで2100円)。見に来ていただけたら感激。日本中、他には例が無いもの、まだまだ問題を含むものなのだ!!

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