(81) ポップコーンとゴマ煎り道具 - よもやまばなし

(81) ポップコーンとゴマ煎り道具
2010/6/1

 間にちょっと、本の宣伝やら余談話が入ってしまったが、先に南米ペルーの古代土器を話題にした。そのついで、というわけでもないが、ここに示した写真も、実はペルーの古代土器の一つで当館で展示している。前に少し説明したが、紀元前後頃から八世紀頃まで、ペルー北部で栄えたモチーカ(モチェ)文化の土器である。

正面

裏面

ペルーの古代,モチーカ文化の土器 全長28cm

 この時期の土器は、写実的な器形や、明るい黄土色や赤による彩色で、目を引くものであるが、これらの多くは墓の副葬品であったと思われるため、実際にこうした特異な器形や彩色豊かな土器を、日常に使用していたかどうかはわからない。

 写真の土器は全く妙な形をしている。全長は28cm、丸くてしかも扁平な胴部の径は17cm,その片面の真ん中に径4cmの円孔がある。把手のように延びた部分の先端には、顔が付き、彩色されている。裏返すと円形部分いっぱいに、赤色で蟹が1匹大きく描かれている。

 一体何を入れるのか、何に使ったのか・・・墓に入れるために作られた物としても、なにか意味か、モデルがなければこのようなものは作れないと思うのだが。

 ところで普段、日常に使う道具などは、われわれは余り気にもせずどんどん使い、不要に成れば、いつの間にか使わなくなって、忘れられていくのが普通であろう。もっとも日常的な米の炊飯にしても、電気炊飯器であれば、色々の用途を使いこなしていても、羽釜での炊飯となると、まったく見当もつかない、というより羽釜自体を全く知らない世代の方が、今や多いのではなかろうか。

 擂鉢などにしても、名前や形は知っていても、味噌を擂る事も、ゴマを擂る事も必要ない食品に慣らされた昨今では、擂鉢など家庭に無くとも、痛痒を感じないものだろう。となったら、擂鉢を見てもそれが何だったのか、分からなくなるのは間近いことだ。

 問題のペルー古代の土器、これを見て、焼き物である焙烙のゴマ炒りを思い出した人がいたら、旧家の伝統ある道具や料理を知る方か、和食の料理人の方ではなかろうか。一般家庭では見る事がなくなって久しい道具と思う。ただそれは先のペルーの土器と、形が大変似たもので、径はやや小ぶり、現在でもネット販売などはされているようだ。

 南米の古代ではトウモロコシが常食だったようで、トウモロコシ自体にも種類があり、その調理法もそれぞれ工夫されていたと思う。粉食もあれば、そのまま煮ることもあるだろう。奇妙な形の土器では、皮が硬く良く乾燥したトウモロコシの粒子を入れて、火にかけて炒ると、パチンとはじけてポップコーンが出来る・・・・口が小さいので飛び散らない道具では・・

 ゴマも炒っている途中ではじけて飛ぶ、これを防ぐために、焼き物で空洞の丸く扁平な容器を作り、底と蓋になるようにし、胴部の片側に小さい口だけ開け、把手をつけて合理的なゴマ炒り器にしているのである。似た用途のものはどこであれ、似た形になるのが必然であろう。

 南米でポップコーン作りにこうした形の土器が、使用されていたかどうか、あるいは今も使用されているかどうか、不明にして知らない。それでもこうした形の土器がある以上、当時も、火にかけて炒ると飛び散るような食品を、炒っていたのではなかろうか。

 ただ今回写真で示した土器には、火にかけられた痕跡など全く無い。ただこうした形の土器を葬送時に副葬しているのは、あの世でもこの土器で作られる食品が、食べられる事を願ってのことだろう。わざわざ把手に顔を付けているのは、料理人なのか、それとも食物を狙うものへの監視役なのか・・・・裏面に大きな蟹を描いたのも、その蟹があの世でのご馳走になることを願ってのこと、火に当る筈の面に画かれているのは、ポプコーンと焼き蟹が同時に出来る・・・とまで云うのは、少々脱線か・・・

 わが国でのゴマ炒りは、現在では金属製の径が10cmばかりで、金網の蓋がつき、片側に柄が着いた道具であることは、日常炊事に携わる者なら周知のこと。とはいえ今では、炒りゴマまで製品で販売されているので、わざわざ炒りゴマを家庭で作らなくなり、これもほどなく忘れられる道具になるだろう。

 倉敷考古館では、開館以来60年このかた、この金属製のゴマ炒りで、番茶程度の葉茶を焙じて使用している。最初に勤めた女性、すでに故人のKさんからの伝統が、当館に勤めた人に代々引き継がれたのである。小さいままの博物館だったことでの伝統といえばそれまでだが、こうした暖かさも伝わった。もちろんゴマ炒り道具の方も、何代替わったか分からないが。このお茶は安物だが焙じた茶の匂いと共で、人気がある。

 昨今はパックのお茶、ペットボトルのお茶に慣らされて、葉茶から入れるお茶など、家庭外では見られなくなった。考古館で何時までもゴマ炒りでお茶を焙じていると、そのうちゴマ炒りは、茶道具になるのではなかろうか。

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