(184) ハチ警報と天上の美女たち - よもやまばなし

(184) ハチ警報と天上の美女たち
2014/10/15

 「ハチ警報が出ていたら、美女たちのところは行けません。」
・・・と告げられたのは、つい最近(2014,9)、スリランカの著名な世界遺産観光の、短期ツアーに参加した時、シーギリア遺跡登頂途中に、ガイド氏より告げられた言葉だった。

スリランカのシーギリア遺跡遠景と崖面のハチの巣

シーギリア遺跡に残る、フレスコ画の美女たち

 わが国でも、自然災害に関しての警報は決して珍しくない。特に最近は不順な天候・天変地異で、各地にゲリラ的な災害が多いことから、さまざまな「警報」となじみになった感が有る。だが、はち(蜂)警報というのが、有るかどうか?・・

 考古学の野外調査に限らず、山野での活動に際しては、蜂は重要な要注意生物。蜂の襲撃は、場合によって命にかかわるのは常識でもあろう。私たちは警報などというような大げさな言い方でなくとも、蜂に対しては当事者が時に応じた対応で、各自考えて行動するのが当然の事と考えてきたのだが・・・いったい蜂警報とは・・

 言うまでもないことだが、スリランカは、インド大陸南端の東にある島国で、九州より大きく、北海道よりは小さいという。人口は2000万人ばかり、幾十年か前まではセイロン島とも呼ばれ、イギリス統治下にあった島国である。

 国民の70%は仏教徒だが、ヒンズー教・キリスト教・イスラム教などさまざまな宗教が存在し共存している。ガイド氏いわく「私は仏教徒だが、妻はキリスト教徒です。」いずれにしても、緑も花も果物も豊富で、人々の笑顔も多い国であった。

 日本よりはるかに小さい国ながら、世界遺産が8箇所もあり、そのうち文化遺産が6箇所をしめている。中でも最も著名な遺跡が、天空の宮殿である、シーギリア遺跡。シーギリアロックとも呼ばれている、楕円形で高さが約200mの岩塊は、頂部が平坦で周辺はほぼ切り立った崖であるが、ここが宮殿の中心部でもある。

 下に近づいても、とても登れそうに見えないこの岩塊は、国の中央やや北寄りにあるが、標高は370m、周辺にはなだらかな平地の広がりが望める。5世紀の頃、時の王朝内の政争によって、父から王位を奪った長男が王となり、長く都として栄えたアヌーラダプラから、この地に都を移す。突出した岩塊の上に,要塞でもある宮殿を造り、周辺には複雑な防衛機能を持つ市街地が発達しているのである。だがこの町も、弟に攻められると言う政争の中で、長くは続いていないと言う。

 この宮殿の造られた、シーギリアロックは、切り立った岩肌ではあったが、下半ではまだ岩の間をくぐるように上り路があったが、険しい階段続きだった。ほぼ中間の辺りで多少の空間があり、ここで止められた。

 そこで告げられたのは、当日は蜂警報は出てないが、ここから上に行くには、分厚いゴム引きの合羽を持参しない限り,登頂は許されないとのことだった。合羽は借用無料で、希望者に貸与されている。そうして万一登坂中に、蜂の活動に遭遇する様なことになったら、合羽をかぶり、声を立てず、じっと動かない事、と厳しく言われての上である。時に蜂の大群が飛来すると言う。5分位静かにしていると大丈夫とのこと。

 この地点まで登るにも大変だったが、それ以上はもっと大変な空中階段の続きのようだ。高所恐怖症には、足が前へ進むかどうか・・・、その上、蜂の事では厳しく脅されたが、ここまで来て放棄する手はない。平均年齢は、ほぼ70歳を超えているだろう同行の全員が、合羽持参で続く階段に挑戦。

シーギリア頂部と眼下の風景

シーギリア頂部から斜面の宮殿遺構

 切り立った崖の途中、岩陰状に繰り込まれた空間に、漆喰が塗られ、その上に鮮やかな美女群のフレスコ画が残されていた。 かつては相当数あっただろうといわれるが、今残るのは18体ばかりである。王宮を飾る美女たちだった筈だ。

 冒頭の「美女のところまでいけない」と言うのは、この壁画のところ、と言う意味である。確かに息をのむような彩色と、艶めかしさを残した美女群だった。

 ここから山頂ならぬ岩頂まではかなり近かった。頂上は思いのほか広々とし、その一帯にも周辺の崖下にかけても、想像以上に立派な、レンガや石を使った宮殿の遺溝が連なり、眼下をみおろす形となっている。

 おかげで思った以上に広い頂上からの壮大な眺めと、驚くべき規模の大きい崖をめぐる遺溝を、満喫しながら、合羽を借りたとこまで、降った。ただ登りと降りは別ルートで、岩山の宮殿の迷路は、すぐには理解できなかった。
そこで始めて、美女群に近い切り立った崖の中腹に、大きな蜂の巣の連なっているのを下から教えられたのだ。なるほどあの蜂の巣群から、蜂が飛び立とうものなら、岩肌にやっとへばりついているまるで蟻の行列道のような、人の登り道では、どうしようもない。あの美女たちが居た世界では、蜂は近くに居たのだろうか?

 蜂の巣を降りて後に教えられたのも、ガイドの心得えだったのか、先に聞かされると、かえって緊張したかもしれない。後で聞いた時、背筋が少々寒かった。蜂が活動していたら、登れないのは当然だろう。まさに警報である。

 この時誰かが言っていた、日本人の観光客は大変多く、別グループの日本人団体だったかもしれない。「日本だったらこれだけ観光客が来ているところだったら、蜂など全部駆除しているだろうな」「さすがこの国だ、決して殺さないな」と話しているのが聞こえた。

 この話のように、スリランカの人は、よほどの緊急事態でない限り、毒虫も毒蛇も殺さないとガイドさんの言。建築でも土台に、蛇返しの反り返りがある、と説明してくれた。どれだけ事実かは知らないが、確かに寺々に参る人達は、穏やに思えたのは気のせいか。

スリランカのボロンナルワにある7世紀代の寺院跡に参る人々。私たちを、みんな笑顔で迎えてくれた。

スリランカの随所で自由に暮らす動物たち

 倉敷で観光地のただ中で長く生活していると、周辺がどれだけ観光用に変えられ作られていくかを目にしてきたので、スリランカでは、古くからの著名な観光地の中で、大きな蜂の巣が生きていて、観光客の方が、警報で逃げるということに、むしろ感動だった。もし警報が出ていて、天空の美人に会え無かったとしても、それは仏の思し召し・・・

 広い遺溝がまだ土中に残るような寺の境内では、多くの参拝者の脇で猿が自由に群れており、おおきな池の周辺では、象がのんびりと草を食んでいた。牛も多い。主要道路には、象の横断歩道の標識もあった。・・・・ホテルなどでの少々のトラブルなどどうでもよい・・・時に観光客になる幸せを思った。

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