(95) 量目を変えるのは誰だ! - よもやまばなし

(95) 量目を変えるのは誰だ!
2011/1/1

 写真の二個の瓶形容器、どちらの内容量が多いだろうか・・・みなさんは如何お思い?

(左)平安末期の須恵質貮 (2)合 瓶 高さ8cm     備前市伊部出土 (右)現代のガラス1合酒瓶

「貮合」部分拡大

 写真の二個の瓶形容器、どちらの内容量が多いだろうか・・・みなさんは如何お思い?

 左側容器に口まで満たした水を、右側の瓶に移すと、口まで一杯となってなお2~3ccは溢れ出た。ということは左の容器の容量が、右の瓶より僅かに多いということだが、ほぼ似た容量ともいえる。

 左の容器は現在考古館に展示中の、12世紀終わり頃の高さ8cmの須恵質瓶である。出土地は中世に備前焼の窯が盛行した岡山県備前市伊部地域と伝えられる。備前焼の窯はちょうどこの時期頃から、須恵器生産の技術を基に、その地一帯で新しく展開してくるのである。

 ところで右の瓶は、お気付と思うが180mml入りとラベルに記されていた、現代のガラスの酒瓶である。180mmlといえば1合・・・しかし今頃では1合といったのでは通じない人も多くなっているだろう。だが今も180mmlなどという中途半端な数量の瓶が使われているのは、酒の量を表すような時には、江戸時代以来使われた升とか合という言い方でないと、多くの人は酒を飲んだ気分になれなかったのではなかろうか。しかもそれは「お銚子一本」それが1合というような感覚で・・・

 左の800年ばかりも昔の須恵質瓶胴部には、少々見辛いが下の写真に示したような刻字がある。焼成前にへら先で刻まれた文字だが、それは「貮合」と記されていた。2合入りだというのだ。しかし実際の内容量は、現代の1合より少々多い200mmlあまりに過ぎなかった筈。これが少なくともその頃の2合なのである。

 国家が成立すれば、度量衡が統一されるという原則通り、奈良時代の初め律令で、量の基準も定められている。その時には、合の10倍である升には、大升と小升があり、小升は大升の約3分の1だったようだ。こうした制度も唐に倣ったものである。

 しかし困ったことには、この大升が現代の4合約720mmlとも6合1080mmlばかりともいう。いずれにしても現在の1升1800mmlの半分に近い。小升は、主には薬の調合に用いられたという。

 この制度も唐にならったとはいえ、その中国でも時代によって、同じ「升」でも内容量が変わってきたようだ。時期が経つに従い、だんだん実際量が多くなっていったとされる。それは同量と言いながらも、税として取る容量を増やすためだったという。

 特に量を測る枡は、立体の3次元、平面上の長さや、重さなどのように比較がしやすい対象に比べ、形に定めの無いものの量は、測る基準枡のほうが時に応じ、少々はいい加減になるものだろう。現代の複雑な税制や保険料に似てなくも無い。

 9世紀に出来上がったとされる、『日本霊異記』には、讃岐三木の大領の妻が、貸すときは小さい枡で、返済時には大きな枡で取り上げていた、というような強欲な人物の物語(下巻―26話)を記す。すでに使用者の必要に応じて、桝目がかなり自由に変化していたようだ。わが国でも地域と時代によって、同じ升目でも、分量基準が様々になっていたようだ。その時の便利さと共に、多くが、利益を得るほうの都合によったのでは。

 古代貴族の権威が失墜し、武家が権力の座につくその変動期の只中、備前の一角で通用していた1合の容量は、古代に定められていた大升を720mmlとすると、かなり多いものになるが、1080mmlとすると僅かに足らないことになる。しかし後者に近い分量である。

 これが酒瓶だったという証拠は無いが、わざわざ「貮合」と断るからには、この量を2合と意識させていたことになる。この量は、当時の人々の酒宴では1人分だったのだろうか?・・酒宴の主催者側の意向が強いのか・・それとも酒宴参加者の力が強いのか・・

 最近大きな話題となった著名な歌舞伎の御曹司は、この瓶で酒を飲めばよい。御曹司に限らず、この瓶で酒を飲まねばならない人は多いのでは?・・『もう2合瓶5本も空けたのですよ!!!』・・・

 たまたま考古館の展示場脇で、先の1合瓶と貮合瓶を並べた写真を撮っていた時、入館者の方が足を止められたので、「これが古代の2合瓶です」と話したら、「居酒屋の銚子は7勺だ」といわれた。50代とも思われる男性である。まだ酒では合・勺が通じる世代だった。

 正月には屠蘇を飲む。今では屠蘇を知らぬ人も多くなっているだろう。元旦に、お節料理で酒を飲むという理解の人も多いかも知れない。平安時代の宮中正月行事に始まって、正月に屠蘇という薬酒を飲む習慣が広がったのだが、ところによってはただ酒を飲むことになったようである。

 しかし正月行事。屠蘇はさまざまな漢方の生薬を、酒に入れて作った薬酒である。薬調合には小升が使用されたはず。正月の酒、あくまで薬酒の代わりだから、小升での分量に抑えて欲しいもの。あの2合の文字を6合に書き換えて・・・くれぐれも泥酔はご注意。

Go to Top